二人の泉重千代!周囲は何故、長寿世界一疑惑に口を挾まなかったのか?!





今から記すことは、あくまで都市伝説であり、信じる信じないの真贋の判定は貴方におまかせします。

世界最高齢の木村次郎右衛門さんが115歳を達成し、歴史上において、公文書にて確認されている男性の中で最高齢となった(編集部注:2013年1月7日の情報です)。

原発事故で大きく後退した長寿大国ニッポンのイメージを回復できる快挙である。かつて、我々40代以上の中高年にとって長寿世界一と言えば、大還暦(120歳)を達成した泉重千代さんが思い起こされる。

100歳を越えても畑仕事をやり、毎晩お酒を欠かさず、好みの女性のタイプを聞かれれば「年上の人」と冗談を飛ばす重千代さんのファンは多かった。

(年上の女性うんぬんは、ビートたけし氏が作ったギャグという説もある)

重千代さんは1865年生まれとされてきたが、その生誕した時期に関しては疑問視する声があがっている。

実は泉重千代さんは二人いて、1865年に生まれたのは夭折した兄の戸籍ではないのかと指摘されているのだ。

また、泉重千代さんは泉家の人間でもない。兄の夭折後、他家から養子に入り、7歳の時、両親から家督を継いだとされている。

この兄の戸籍と重千代さんの戸籍が取り違えられているのではないかといういう説が有力となり、ギネス記録からはずされたわけだ。また、兄と重千代さんの年齢差は15歳とされている。となると120歳で死去した重千代さんは、105歳だったことになる。

あくまで情況証拠のみであり、確定事項ではないのだが、15歳も年齢をたばかっていれば、周囲は気がつくはずである。

子供時代に重千代さんと遊んだ幼なじみはどうだろう。重千代さんが20代の頃、遊んでもらった10歳下、20歳下の後輩たちはどうだろうか。

誰もが、おかしいと思うはずである。

重千代さんが百歳の表彰を受けたとき、実際は85歳だったとしたら、幼なじみや後輩たちは気がついたはずである。

では何故、周囲はこの疑問を指摘しなかったのか。

ーーーーそれは徳之島の経済効果にあった。

重千代さんが百歳を越え、県から表彰され、年齢があがるにつれ長寿日本一、長寿世界一となるにつれ、島を訪れるマスコミは年間数千人にのぼり、観光客は数万人に達したという。観光資源の乏しい徳之島では、重千代さんグッズや重千代さんのお酒が定番土産になり、その住居さえ観光名所になった。

つまり、島の経済を支える重千代さんの長寿世界一に関して、周囲の誰もが口をつぐんだのは、地元の経済事情があった可能性は高い。

晩年、重千代さんに兄の事を聞くと

「昔のことは忘れた!」

と言ってとぼけたという。

重千代さんはクールだ。

なかなか食えない台詞である。

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家族が明かす 泉重千代長寿の秘訣―生命の灯 限りなく

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